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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3085号 判決

原告 花谷けい子 ほか二名

被告 国

代理人 布村重成 伊東康文 ほか七名

主文

一  被告は、原告花谷けい子に対し金一一八八万八七九六円、原告花谷卓志及び同花谷昌子に対し各金一三九一万二七九六円とこれらに対する昭和四〇年四月一五日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。ただし、被告において原告らに対し各金四〇〇万円の担保を供するときは右の仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告花谷けい子に対し一一九四万二一三〇円、原告花谷卓志及び同花谷昌子に対しそれぞれ一四一七万六一三〇円と、これらに対する昭和四〇年四月一五日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の概要

亡花谷昌宏(以下花谷という)は航空自衛隊第六航空団第二〇五飛行隊(石川県小松市小松基地所在)所属の自衛官であつた。

花谷は昭和四〇年四月一五日一四時二九分、要撃訓練実施のため右第六航空団所属の「F―一〇四」J戦闘機四六―八六四三号機(以下事故機という)を操縦し四機編隊の三番機として小松飛行場を離陸した。

事故機及び四番機は浮揚直後脚上げ操作をしたが主脚前方ドアが完全に閉まらなかつた。両機は主脚前方ドアを閉めるべく何度か脚下げ及び脚上げ操作をくり返したが、その結果、四番機のドアは完全に閉まつたものの、事故機のそれはなお開いたままであつた。右のような状況を無線で聞いた一番機操縦者(編隊長)は一四時三一分、事故機には脚を下げたまま小松飛行場に帰投するよう、四番機には一、二番機の編隊に集合するようそれぞれ指示した。そこで、事故機は編隊から離れて単機で小松飛行場への帰投飛行に移つた。

花谷は一四時三三分、小松飛行場管制塔と交信し、一〇分後に着陸する旨送信するとともに、管制塔からの「緊急事態を宣言するか」との問に対して「否」と応答した(なお、同飛行場上空に向かつて飛行していたジエツト練習機の操縦者が一四時三五分ころ、高度約一万二〇〇〇フイート付近を上昇しつつ同飛行場に向けて飛行していた事故機を目撃した。)。花谷は、一四時三九分三五秒、小松管制塔に着陸すると送信し、管制塔がイニシヤルポイント到着の推定時間を知らせよと尋ねたのに対して、三分後であると応答した(イニシヤルポイントとは場周経路の進入コースにおける最初の地点をいう。)。

その後花谷からは送信がなく、一四時四二分四七秒、突然花谷は「ベイルアウト(脱出する)」と送信し、移動管制所幹部が直ちに「どうした」と問うたのに対して、一四時四二分五三秒、「スピンに入りました」と応答した。それきり、管制塔が呼び出しても花谷からは何の応答もなかつた。

事故機はそのころ小松飛行場の北方約七マイル(一マイルは約一・六キロメートル)の海上に墜落したが、花谷は、墜落直前に緊急脱出装置を作動させて脱出したものの、事故機がスピン(きりもみ状態。下向きにら旋状に落下していくこと。)に入つていたため、頭部をヘツドレストに密着させることができず、無理な姿勢で脱出し、脱出時に頭蓋底骨折及び頸椎圧迫骨折の致命傷を負い、着水前に死亡した。

2  事故機の墜落原因

(一) 事故機が右のように墜落するに至つたのは、事故機に次に掲げるいずれかの故障が生じたためである。即ち、主翼の片翼又は垂直尾翼若しくは水平尾翼の欠落、エンジンの出力停止、フラツプが片効きとなつた、補助翼の逆作用が生じた、補助燃料タンクの脱落、電気系統の故障(例えば、APCシステム、ダンパーシステム等の故障)、ステイツクシエーカー及びキツカーの故障などである。

なお、事故機は海面に墜落する直前に、火と煙を吹きバーンという音を発したが、このことからしても、事故機に何らかの故障が生じたものと推定される。

(二) 事故機は前記のとおり主脚前方ドアが故障して完全に閉まらなかつたが、そのために失速警告装置(機が失速状態に近づいていることを操縦者に知らせるもの)が正常に作動せず、花谷は事故機が失速状態に至つたことを知り得なかつた。その結果事故機はスピンに入り墜落するに至つた。

3  被告の責任

(一) 国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(いわゆる安全配慮義務)を負つているところ、前記のとおり花谷は自衛官として事故機に塔乗して要撃訓練飛行の公務に従事していたのであるから、被告は、右公務遂行の用に供した事故機の設置管理及び花谷の遂行する右飛行の管理にあたつて、花谷の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負つていた。

(二) 事故機は右2のような故障のために墜落するに至つたもので、被告には事故機の設置管理にあたつて安全配慮義務違反があつたというべきである。

また、前記1の脱出時の状況からして、事故機の緊急脱出装置には操縦者を安全に脱出させることができない欠陥があつたもので、この点においても、被告は事故機の設置管理にあたつて安全配慮義務違反があつた。

(三) 被告は、花谷に対し、事故機種(F一〇四J)における緊急脱出訓練を十分に施さなかつた安全配慮義務違反があつた。

(四) 右(二)、(三)の安全配慮義務違反の結果花谷が死亡するに至つたことは前記1、2から明らかであるから、被告は後記損害を賠償する義務がある。

(五) 仮に、以上の安全配慮義務違反をいう点が理由がないとしても、右(二)の事実からすれば、被告には公の営造物たる事故機の設置管理に瑕疵があつたというべきで、国家賠償法二条一項により後記損害を賠償する義務がある。

4  損害

(一) 逸失利益

(1) 花谷は、昭和一一年一〇月二八日生まれで、高等学校を卒業後同三〇年八月航空自衛隊に入隊し、その後幹部候補生学校、第四、第三、第二の各航空団を経て、本件事故当時は前記のとおり第六航空団に所属する二等空尉自衛官であつた。本件事故当時は二尉三号俸の給与を受けていた。

したがつて、花谷は、本件事故によつて死亡しなければ、定年の五〇才(昭和六一年一〇月二八日)に達するまで自衛隊に勤務して、その間少なくとも毎年一号俸ずつ昇給して各年度の防衛庁職員給与表に従い(但し、昭和五四年度以降は同五三年度の給与表に従う)別紙「逸失利益計算書(1)」記載のとおりの収入を得たはずである(なお、計算の便宜上、始期は本件事故後の昭和四〇年五月一日とし、終期は定年前の同六一年九月三一日とした。)。

(2) また、花谷は、右定年退職後は、六七才に達するまで稼動して昭和五〇年度賃金センサス第一巻第一表のうち旧中・新高卒男子労働者の全産業平均賃金に従つて別紙「逸失利益計算書(2)」記載のとおりの収入を得たはずである。

(3) 右(1)、(2)の収入から花谷の生活費三割を控除し、更に年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除すると、花谷の逸失利益の死亡時における現在価格は別紙「逸失利益計算書(3)」記載のとおり三三七三万八三九一円である。

(4) 原告花谷けい子は花谷の妻、原告花谷卓志及び同花谷昌子は花谷の子であつて、原告ら以外には花谷の相続人はいないから、原告らは法定相続分に応じて右損害賠償債権をその三分の一である一一二四万六一三〇円ずつ相続した。

(二) 慰謝料

(1) 安全配慮義務違反の責任による場合

花谷が本件事故によつて受けた精神的苦痛を慰謝するには六〇〇万円が相当である。原告らは、花谷の右慰謝料請求権をその三分の一である二〇〇万円ずつ相続した。

(2) 国家賠償法二条一項の責任による場合

原告らは本件事故によつてその頼りとする花谷を失つて多大の精神的苦痛を受けたが、これを慰謝するには原告らそれぞれにつき二〇〇万円が相当である。

(三) 損害の填補

原告花谷けい子は、被告から遺族補償金二〇二万四〇〇〇円の支払を受けたので、これを右(一)、(二)の合計額から控除する。

(四) 弁護士費用

(1) 原告らは本件訴訟の提起、追行を弁護士である本件原告ら訴訟代理人に委任したが、その弁護士費用損害金は、原告花谷けい子につき七二万円、原告花谷卓志及び同花谷昌子につき各九三万円が相当である。なお、国家賠償法二条一項の責任による場合は右は不法行為と相当因果関係にある損害であり、安全配慮義務違反の責任による場合は、人身事故による損害はこれを不法行為として構成するか債務不履行として構成するかを問わず被害者は同額の賠償を請求し得るものであつて、それ故にやはり被告の賠償すべき損害である。

(2) 右の(1)の主張が理由がないとしても、被告が本件損害賠償義務を任意に履行しないため、原告らはこれを取り立てる必要上本件訴訟委任をしたのであるから、これに要する弁護士費用は債権取立費用というべきである。

(五) 遅延損害金

被告の安全配慮義務違反による本件損害賠償債務も、本件事故の日である昭和四〇年四月一五日から遅滞に陥つている。

5  よつて、原告らは被告に対し、第一次的に債務不履行(安全配慮義務違反)、第二次的に不法行為(国家賠償法二条一項の営造物責任)に基づく損害の賠償として、原告花谷けい子は一一九四万二一三〇円、原告花谷卓志及び同花谷昌子はそれぞれ一四一七万六一三〇円とこれらに対する本件事故発生の日である昭和四〇年四月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の各割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2のうち、事故機の墜落直前の状況が原告主張のとおりであること及び事故機の主脚前方ドアが閉まらなかつたことは認めるが、その余は否認し又は争う。

(二)  事故機の前記緊急脱出装置はロケツト推進によつて操縦者を座席ごと機外上方に射出するものであり、これを作動させると、火薬の爆発により爆発音、火及び煙が出る。事故機の右のような墜落直前の状況は、緊急脱出装置の作動によつて生じたもので、事故機の故障を推定させるものではない。

(三)  事故機種には二種類の失速警告装置が装備されていて、このうちキツカー(操縦かんを前方に自動的に動かすことにより機首を下げさせて失速への接近を知らせる)は主脚前方ドアが開いている場合は作動しないが、ステイツクシエーカー(操縦かんを振動させることにより失速への接近を知らせる)はその場合でも作動する。

(四)  被告は、事故機について、整備基準に定められたとおり、本件飛行当日及び前日に、飛行前点検、塔乗者による塔乗前点検、エンジン始動後の点検、地上滑走前の離陸前点検をそれぞれ行い、いずれも異常のないことが確認されていた。また、事故機は本件飛行が当日三回目の飛行であつた(各回の塔乗者は異る)が、第一回目及び第二回目の各飛行後に飛行後点検を行つており、いずれも異常はなかつた。さらに、昭和四〇年三月一日から同年四月四日までの間五〇時間定時飛行後点検を行つていたが、飛行に支障を及ぼすような不備は認められず、右点検終了後の試運転においても何ら異常はなかつた。

右のことと、花谷が事故機の故障について何ら送信していないことからすれば、本件事故原因は原告の主張するような機の故障とは考えられず、花谷の操縦上の過失による(主脚前方ドアを閉めるべく主脚の上げ下げの操作に専念して限界速度に達し失速せしめたか、何らかの理由により不意に操縦かんを手前に引いたため急激に失速せしめ、あるいは、旋回時(機体を左右方向に傾けることとなるが、このようにバンク角をとる場合失速限界速度は高くなる)に失速限界速度を割り、その結果スピンに入つた)ものと推定される。

3  同3(一)は全て認める。

4  同3の(二)及び(五)のうち同2(二)の故障をいう部分と同3(三)の主張は、原告らが故意又は重大な過失によつて時機に遅れて提出したものであるから却下を求める。

同3の(二)ないし(五)の主張については、否認し又は争う。

5  同4(一)について。

花谷の生年月日、経歴、本件事故当時の給与及び花谷と原告らの身分関係が原告ら主張のとおりであることは認め、原告ら以外に花谷の相続人のいないことは不知。

昭和四一年度以降毎年一度の昇給があること、各年度の防衛庁職員給与表による給与額が別紙「逸失利益計算書(1)」記載のとおりであることは認めるが、逸失利益の算出にあたつては、花谷の死亡時(昭和四〇年度)の給与表に従うべきであつて、右死亡時以降の新しい給与表を算出の根拠とする点は争う。また、諸税金をも控除するのが相当であつて、諸税金及び生活費の控除の割合は、少なくとも年収の四割とすべきである。

なお、原告ら主張の逸失利益に関する各算定方法を前提にすれば、その額が別紙の各「逸失利益計算書」記載のとおりとなることは認める。

6  同4(二)は争う。

7  同4(三)の支払の事実は認める。

8  同4(四)は争う。

9  同4(五)は争う。債務不履行に基づく損害賠償債務は、債権者からの履行の催告があつてはじめて遅滞に陥る。

三  抗弁

1  国家賠償法二条一項に基づく損害賠償請求については、既に消滅時効期間(三年)が経過しているので、右時効を援用する。

2  被告は原告らに対し次のとおりの金員を支給した。

(一) 前記の遺族補償金二〇二万四〇〇〇円(原告花谷けい子に対して、昭和四〇年四月二四日)

(二) 国家公務員災害補償法に基づく葬祭補償金一二万一四四〇円(右同日)

(三) 国家公務員退職手当法に基づく退職金五四万八四〇〇円(同年四月一五日)

(四) 特別弔慰金に関する訓令に基づく特別弔慰金一〇〇万円(同年六月二二日)

四  被告の主張及び抗弁に対する認否

1  前記二2(二)のうち、事故機の緊急脱出装置がロケツト推進によつて操縦者を座席ごと機外上方に射出するものであることは認める。

同(三)のうち、事故機種にキツカーとステイツクシエーカーの二種の失速警告装置が装備されており、このうちキツカーが主脚前方ドアが開いている場合は作動しないことは認めるが、その余は不知。

同(四)のうち事故機の点検に関する部分は不知、事故原因に関する部分は否認する。

2  前記二4の被告の主張について。

失速警告装置の不作動をいう主張については、原告はたまたま国会等において新聞を調査した結果右事実を確知したもので、故意又は重大な過失もなければ、時機に遅れたものでもない。

脱出の訓練をいう主張については、本件の複雑性にかんがみ、証拠調の結果判明した事実に基づいて主張するものであつて故意又は重大な過失によつて時機に遅れたものではない。

3  抗弁1について

原告らが本件の「加害者」を知つたのは昭和五〇年四月一二日ころである。原告らは、本件事故当日事故の発生自体は知つたが、事故原因については何ら知り得ず、事故機の欠陥により生じたものと推定できることを知つたのは原告ら訴訟代理人の弁護士に本件について相談した右同日ころである。したがつて、消滅時効の起算点は右のころとすべきであり、本訴提起まで三年は経過していない。

4  同2の事実は全て認める。

しかし、(一)以外は本件損害額から控除すべきとすることは争う。(二)の葬祭補償金は、原告らが本訴において損害として葬祭費を主張していないから控除すべきではないし、(三)の退職金は、花谷が死亡前に勤務した期間にかかる俸給の後払いの性格を有するものであるからいわゆる損害の填補として控除の対象となるものではない。(四)の特別弔慰金は、損害を填補するというよりむしろ見舞金とみるべきものであるから、これを慰謝料算定の一資料とするのは別論として、損害額から控除すべきものではない。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1の事実(本件事故の概要)は当事者間に争いがなく、右事実に<証拠略>を併せると、事故機は花谷が「ベイルアウト」と送信した(一四時四二分四七秒)ころ何らかの原因でスピン(きりこみ状態)に入り、そのために花谷は事故機から脱出せざるを得なかつたものと推認でき、これを覆すに足りる証拠はない。

二  国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(いわゆる安全配慮義務)を負うと解される(最高裁判所昭和五〇年二月二五日判決)ところ、右一の争いのない事実によれば、自衛官たる花谷は事故機(自衛隊機)を操縦して公務たる要撃訓練飛行に従事していたのであるから、このような場合、被告の安全配慮義務の具体的内容は、航空機の飛行の安全を保持することにあり、航空機が安全に飛行できるための性能を保持させる(より平たくいえば、故障のない機を準備する)ことは、安全配慮義務の最少限度の要請であるというべきである。

原告らは、第一次的に、被告の右安全配慮義務違反(不履行)を主張するので、以下その不履行の有無について判断する。

1  まず、事故機が墜落した原因について検討する(原告らは事故機の故障が原因であると主張するのに対し、被告は花谷の操縦上の過失が原因と推定される旨主張する。)。

(一)  最初に、主張立証責任及び主張立証の必要について、当裁判所の考えを明らかにしておく必要があると思われるので、この点について述べる。

安全配慮義務違反を原因として損害賠償責任を追及するのは、被害者側において単に結果としての損害の発生を主張立証するだけでは足りず、安全配慮義務の具体的内容を明らかにし、かつその不履行によつて(因果関係)損害が生じたことを主張立証する負担(主張立証責任)を負うと解される。安全配慮義務の具体的内容を明らかにし、損害との因果関係を明確にするということは、損害賠償論における一般的違法性を主張立証することに他ならないのであり、被害者側においてこれを主張立証し得た場合にはじめて加害者側における違法性阻却事由又は責任阻却事由の主張立証が問題となるというべきである。安全配慮義務は、国家公務員の場合、国と公務員との間の法律関係に附随する信義則上の義務であるとされ(前掲最高裁判決参照)、その義務違反は不法行為の類型というよりも債務不履行の類型に属すると解すべきであるが、義務の内容が抽象的である(具体的な義務内容は当該公務員の職務内容とあいまつてはじめて具体的内容をもつてくる。)ため、具体的な義務内容が明確にされて始めてその不履行、ひいては違法性の主張立証が完結する点で、債務不履行論における不完全履行の一分野に位置付けることができよう(債務の内容が例えば契約上一義的に明らかな場合には、その不履行が直ちに一般的な違法性に結びつき、一般的な違法性の主張立証はほとんど問題とされない(契約による金銭支払債務や物の引渡債務の場合を考えてみよ。)のとの差である。)。

右の一般論は、航空機の事故による損害賠償を請求する本件の場合においても、そのまま妥当するといわなければならない(主張立証責任の分配は、具体的な事件の類型を捨象して定められる原理であつて、法が類型的な区別によつて主張立証責任の転換を定めていない限り、具体的な事件の類型を持ち出して主張立証責任自体の解釈を云々することはできない。)。しかし、実際の訴訟における主張立証の必要については、主張立証責任とは別の観点から、すなわち、当該事件において争点となつている事実の解明について、その争点の特殊性や、その争点につきいずれの当事者がより証明手段に恵まれているか等をも十分に考慮する必要がある。この場合においても、個々の事案における個々の争点ごとに主張立証の必要を論ずることは無意味であるが(これは、個々の事案における裁判所の事実認定の判断の中に包接されるもので、特別の法則性をもち得ない。)、事案の類型的考察は重要な意味をもつと思われ、ことに航空機事故が問題となる場合にはその事案の類型的な特殊性からいつて主張立証の必要につき特別の配慮を要すると考えられるので、さらに検討を加えることとする(主張、立証の必要性についての議論は、主張立証責任自体の分配の原理によつて目指される抽象的正義と、そのわくの中で実現されるべき具体的正義との調和をはかるものとして位置づけられるべきであり、その意味で主張立証責任自体の分配に関する論点に劣らない重要な論点と考えられる。)。

航空機、それも一時代前の単純な装置を備えたものとは違い、最新の技術を用いた近代的航空機にあつては、その構造は極めて精密かつ複雑で、高度の技術を用いて製作されていることは容易に推認できるところである(戦闘機等兵器として用いられる航空機は、最先端の技術が駆使されているはずである。F一〇四J型機が、今では最新鋭のものではないにしても、技術的にきわめて高度の機構を有するものであろうことは推認に難くない。)。

それでも、最終的には操縦者の操作によつて制禦されるものである以上、操縦ミスを原因とする事故を問題とする余地は残されるというものの、わずかな操縦ミスが重大な結果に連がることも十分予想できるから、本来操縦者の軽微な操縦ミスはこれを防護する機能も備えているのが通常であり(もちろん、厳格な訓練を経て始めて操縦が許されるとしても、神業を要求するものではないであろう。)操縦者の操縦ミスはもともとあまり強調できないはずである。つまり、航空機が技術的に高度な機構を有し、精密な構造をもつほど、操縦ミスを問いうる範囲は局限されてこざるを得ないという関係にある(もちろん、故意の無暴操縦や、通常考えられない操縦ミスは論外であるが)。

また、本件の原告らのような立場にある者にとつては、その事故原因を主張立証する資料を入手することは著しく困難であり、特に、自衛隊機の場合、その構造の全部が一般に公開されているわけではないから、右の困難さは一層であるし(困難というより、実際上およそ不可能といつてもよい。)、本件のように機体が回収されていない(<証拠略>によれば、事故機の機体はその極く一部の破片しか回収されていないことが認められる。)ときにはなおさらである。このような場合に、事故原因について原告らに主張立証の必要があるとすると、実際上原告らの司法的救済の道を一〇〇パーセント閉ざすに等しい(実際には、国はそんな態度をとつていないが、意地悪く対応するなら、原告らの主張を否認しておけば常に勝訴し得ることになり、いかにも不合理である。)。他方、被告側にしても、本件においては、たまたま事故機の機体が回収されていないため同じく主張立証の困難さは否めないが、それにしても、事故機の構造、機能、操縦に当つての問題点等については原告らよりはるかによく把握できる立場にあり、事故原因についても原告らより多くの資料を入手して解明に当ることのできる立場にある。

以上の諸点を考慮すると、本件のような航空機事故については、被告において、本件事故が不可抗力によること、あるいは少なくとも操縦上のミスによる可能性の方が機の故障による可能性よりも相当程度高いことを立証しない限り、本件事故は機の故障によつて生じたものと推認するのが公平であるというべく、主張立証の必要性は被告側にあると解するのが相当である。

以上のような観点から、本件事故の原因について具体的に判断を進めることとする。

(二)  原告らは、事故機が墜落直前に火と煙を吹きバーンという音を出したこと(この事実は当事者間に争いがない)からしても事故機に何らかの故障が生じていたことが推認されると主張する。しかし、事故機の緊急脱出装置はロケツト推進によつて操縦者を座席ごと機外上方に射出するものであり(この事実は当事者間に争いがない)、<証拠略>によれば、右の緊急脱出装置を作動させると、火薬の爆発によつて、火と煙が出るし爆発音も発すると認められるところ、事故機の墜落直前の状況を附近の海上で目撃した漁師が「あつという間に飛行機の上から火が出て、煙が出て、パラシユートが上がつた。その後、パーンという音が聞こえた。」と供述している(<証拠略>)のは、緊急脱出装置の作動時の状況とよく一致しており、原告らのいう事故機の墜落直前の状況(火、煙、音)は、花谷が前記のとおり緊急脱出装置を作動させたことによつて生じたものと認められ、右の状況をもつて機の故障を推認させるものということはできない。

(三)  事故機の主脚前方ドアが閉まらなかつたことは前記一のとおりであり、原告らは、主脚前方ドアが閉まらなかつたために失速警告装置が正常に作動せず、花谷は事故機の失速を知ることができなかつたため、事故機がスピンに入つたと主張する(原告らの右主張に対し、被告は民事訴訟法一三九条に基づき却下を求めるが、本件記録によれば主脚前方ドアが閉まらなかつたこと自体は当初から主張しているし、主脚前方ドアの開閉と失速警告装置の作動の関係というような航空機の構造に関する事項については原告らは容易に知り得ない立場にあることを考えると、右主張は原告らが故意又は重大な過失によつて時機に遅れて提出したものということはできず、被告の却下を求める申立は失当である。)。しかし、<証拠略>によれば、事故機にはステイツクシエーカー及びキツカーという二種類の失速警告装置(機が失速状態に近づくと、前者は自動的に操縦かんを振動させることにより、後者は自動的に操縦かんを前方に倒すことにより、操縦者に失速への接近を知らせる装置)が装備されており、ステイツクシエーカーは、キツカーよりも幾分か早目に作動し、これも操縦者に対し失速への接近を警告する役目は果たし得るところ、主脚前方ドアが開いている場合には、キツカーは作動しないが、ステイツクシエーカーは正常に作動する機構になつていることが認められるから、原告ら主張のように、主脚前方ドアが閉まらなかつたことから直ちに花谷が失速を知り得なかつたとして事故機がスピンに入つたことと結び付けることはできない。

(四)  原告らが具体的に主張する事故原因は認められないことは(二)、(三)に述べたが、(一)に判示したとおり、本件においては、被告が操縦ミスをむしろ立証すべきものであるから、本件事故の原因についてさらに検討を重ねることとする。

(1) まず、本件事故が不可抗力によるものであることについては被告も右事由は特に主張していないし、そのような事情を窺わせるような証拠も全くない。

(2) <証拠略>によれば、事故機種(F一〇四J)が飛行中に機の故障が原因でスピンに入る場合としては、機体の一部の欠落(例えば翼の一部が欠落するなど)、電気系統の故障(操縦翼を作動させる油圧系統をコントロールする電気系統の故障)、キツカーの故障(キツカーが故障して連続的に作動する場合)、ダンパー(横方向の自動安定装置)の故障、フラツプ(補助翼)の故障(その片方しか下がらないなど)、エンジン系統の故障(出力停止等)、自動操縦装置の故障等の各場合が可能性として考え得ること(このうち、機体の一部が欠落することなどは一般にはあり得ないであろうが、電気系統の故障などは一般に発生し得る余地があるし、フラツプの故障とかエンジンの故障などは過去に例もある。)が認められる。ところが、<証拠略>によれば、本件事故直後自衛隊内部に設けられた事故調査委員会では、本件事故の原因(事故機がスピンに入つた原因)につき、花谷が事故機の故障のことは何ら送信していないこと及び事前の整備点検で事故機には何ら異常が発見されていなかつたことを主たる理由として(特に前者を重視して)、事故機に右に掲げたような事故に結びつく故障があつたとは考え難いから、むしろ、花谷の操縦上のミス(主脚前方ドアを閉めるべく主脚の上げ下げの操作に専念して失速せしめたか、何らかの機会に不意に操縦かんを手前に引いたため急激に失速せしめ、あるいは旋回時に失速限界速度を割り、その結果スピンに入つた)による可能性が高いとの見方を採つた(ただし、最終結論は原因不明とした)ことが認められ、被告も本訴において、右の事故調査委員会の見解に沿つて本件事故原因についての主張をする。

(3) 確かに、前記一のとおり、花谷は突然「ベイルアウト」と送信し、移動管制所幹部が直ちに「どうした」と問うたのに対し「スピンに入りました」と応答したきりであつて「ベイルアウト」と送信した前後において事故機になんらかの故障のあることは一切送信していない。そして、<証拠略>によれば、花谷も含めて自衛隊機操縦者については、飛行中に機の故障が生ずれば直ちにその旨送信するよう教育されていることが認められる。しかし、本件事故は全く瞬時の出来事であつて、機の故障を操縦者が直ちに覚知し得るとは限らないし、直ちに覚知し得たにしても、操縦者はその回復操作に専念して右のような送信のいとまもないということも十分考えられ、花谷が事故機の故障について何ら送信していないからといつて、事故機の故障を否定できるほどの資料とすることには疑問がある。

(4) また、<証拠略>によれば、事故機は、被告が「請求原因に対する認否及び被告の主張」欄2(四)で主張するような整備、点検を受けており、各点検の際には特に異常は発見されていなかつたことが認められるが、<証拠略>によれば、自衛隊機は全て一定の整備基準に従つて事故機と同様の整備、点検を受け異常なしとされたうえで飛行していると認められるところ、それにもかかわらず機の故障が発生して墜落した例はこれまでにもあつた(<証拠略>によつて認められるし、当裁判所にも顕著な事実である)ことに照らしてみても、点検整備の上異常なしとされたからといつて事故機に故障があつた可能性を否定することは到底できない(そもそも、被告のいう点検整備は、安全配慮義務からいつて当然なすべきことである。点検整備をせずに、又は異常があるのに塔乗させることはあつていいはずがない。出発時にはなんの異常もなかつたのに、発進後に故障が生ずることが問題なのである。本件においても、墜落の直接の原因ではないにしても、現に主脚前方ドアが閉らずに基地に帰投することになつたのである。念入りな点検にもかかわらず、故障が生ずることは、残念乍ら百パーセントはさけられない。このことで被告を責めるというのでは決してない。ただ、当裁判所がいいたいのは、被告の論法をもつてすれば、事故原因不明の場合は、常に機の故障以外の原因によるという結論になりかねず、いささか点検整備の信頼性を強調しすぎではないかという点である。)。

(5) さらに花谷の操縦上のミスによる可能性について検討する(被告は、花谷が、主脚前方ドアを閉めるべく主脚の上げ下げの操作に専念して失速限界速度に達し失速せしめたか、何らかの理由により不意に操縦かんを手前に引いたため急激に失速せしめ、あるいは旋回時に失速限界速度を割り、その結果スピンに入つたと主張する。)。

前記一のとおり、花谷は小松飛行場の管制塔に対し、一四時三三分、一〇分後に着陸すると送信し、一四時三九分三五秒、三分後にイニシヤルポイントに到達する旨送信した(イニシヤルポイントとは場周経路の進入開始地点をいい、<証拠略>によれば、通常の着陸経路は、イニシヤルポイント(滑走路の延長線上約四マイル、高度約一五〇〇フイートの地点)を通つて滑走路の端まで来、そこから三六〇度旋回して着陸するもの(これを場周経路という)であることが認められる。)。右事実によれば、事故機は、その頃までは、小松飛行場への着陸に向けて順調に飛行していたことが推認できる(ただし、<証拠略>によれば、事故機は、飛行場に向けて単純な直線飛行をしていたのではなく、より安全に着陸できるよう燃料を消費する(重量を軽減する)ため、附近上空を旋回飛行していたものと認められる。)。そうすると、花谷が右時点以降においていまだに主脚前方ドアを閉めるべく主脚の操作をくり返していたとは容易には考え難い(証人大図勝美は、主脚前方ドアが閉まらないことは、飛行及び着陸には支障はないにしてもやはり異常な状態であるから、操縦者としては通常右状態を除去してから着陸したいと考えるであろうと供述する。右のような操縦者の一般的心理は理解できないではないが、前記一のとおり、花谷は当初何度か主脚の上げ下げの操作をくり返し、それでもドアが閉まらなかつたために、編隊長から脚を下げたまま帰投するよう指示されたのであつて、右のとおり着陸に向けて順調に飛行し、あと三分でイニシヤルポイントに到達すると送信した後においてもなお主脚の操作をくり返していたとはやはり考え難い。)。また、花谷の飛行経歴(<証拠略>によれば、自衛隊機については一〇〇〇時間の飛行歴があれば一人前といえるところ、花谷は約一七〇〇時間(事故機種については約一五〇時間)の飛行歴を有し、二機編隊の場合には編隊長になり得る資格があることが認められる。)をも考え併せると、花谷が、被告の主張するような不意に操縦かんを手前に引くという初歩的ミスを犯したとは容易には考え難い。

<証拠略>によれば、事故機種は他の機種に比べて失速限界速度が高く、しかもバンク角(機体左右方向の傾き)を増すと失速限界速度が大きく上昇することが認められるところ、前認定のとおり事故機は旋回飛行をしていた(<証拠略>によれば、旋回時にはバンク角をとることが認められる)のであつて、<証拠略>をも併せ考えると、花谷が旋回時に誤つて失速限界速度を割つて事故機を失速させ、その結果スピンに入つたという可能性は否定できない(前記の花谷の飛行経歴を考えると、右の可能性についても疑問は残るが。)。

なお、<証拠略>によれば、花谷は通常の健康体であつて、本件飛行当日も身心に特段の異常はなかつたと認められる。

以上の点からすると、花谷の操縦ミスも可能性としては考えられることは被告の主張のとおりであるが、蓋然性が高いものということは困難である。

(6) 本件全証拠を検討するも、本件事故原因が何であるかを断定することはできず、以上判示してきたところからすれば、事故機の故障(特に電気経統の故障など)である可能性もなお否定できないし、花谷の操縦上のミスである可能性も否定できない。少なくとも、本件事故原因について、機の故障の可能性よりも操縦上のミスの可能性の方が高いとはいまだ認めるに足りない。

したがつて、本件事故は事故機の何らかの故障に起因すると推認するほかないというべきである。

2  右1のように事故機の何らかの故障が原因で本件事故が発生したものと推認される以上、右故障がいかなるものであるかについては特定できないにしても、被告側で、およそ事故機の故障については発見ないし予見し得なかつたことを主張立証しない限り、被告は事故機の設置管理についての前記安全配慮義務不履行による損害賠償責任を免れないものというべきである。

被告は事故機について十分な整備、点検を施していたと主張し、これが責任阻却事由の主張を含むとしても、事前に整備点検をしていたからといつて、それだけで故障が発見ないし予見し得なかつたとはいえないし、本件全証拠を検討するも、被告においておよそ事故機の故障を発見ないし予見し得なかつたことをうかがわせるには足りない。

3  以上の次第であるから、原告らが主張するその余の責任原因(請求原因3の(三)及び(五))につき判断するまでもなく、被告は、本件事故につき安全配慮義務違反の責任を免れず、右事故による後記損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

三  損害

1  逸失利益

花谷が、昭和一一年一〇月二八日生まれで、高等学校を卒業後同三〇年に航空自衛隊に入隊し、本件事故当時、二等空尉自衛官で二尉三号俸の給与を受けていたことは当事者間に争いがない。そうすると、花谷は、本件事故によつて死亡しなければ、五〇才(昭和六一年一〇月二八日。自衛隊法四五条に基づく現行自衛隊法施行令六〇条によれば、二等空尉の定年は五一才であるが、原告の主張に沿つて五〇才とする。)に達するまで自衛隊に勤務して、その間少なくとも毎年一号俸ずつ昇給し(昭和四一年度以降毎年一度の昇給があることは被告も認めるところである)防衛庁職員給与表に従つて給与を受けたはずである。そして、右の花谷が受けたであろう給与の算定にあたつては、毎年実施されたベースアツプを考慮して差支えなく(理論的には常に可能であるが、損害の算定時において将来を見通すことが必ずしも容易でないため、具体化されない限り認定に困難を伴うため、結果として証明できないことがあることはやむを得ない。)、原告ら主張の算定方法(昭和五三年度までは各年度の給与表に、同五四年度以降は同五三年度の給与表にそれぞれ従つて算定)は相当である。右のような算定方法による花谷の給与が別紙「逸失利益計算書(1)」記載のとおりとなることは当事者間に争いがない。

また花谷は、右の定年退職後は、少なくとも、六七才に達するまで稼働して原告らの主張する昭和五〇年度賃金センサス第一巻第一表のうち旧中・新高卒男子労働者の全産業平均賃金に従つた収入を得たものと認めることができる。右の算定方法による花谷の収入が別紙「逸失利益計算書(2)」記載のとおりとなることは当事者間に争いがない。

花谷の逸失利益の死亡時における現在価格は、以上の収入から花谷が要した生活費三割(<証拠略>によつて認められる花谷の家族構成からすれば、花谷の要した生活費を年間収入の三割とみて別に不当でない)を控除し、更にこれから年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除すべきが相当であるところ、右のような算定方法によつた場合右の現在価格が別紙「逸失利益計算書(3)」記載のとおり(三三七三万八三九一円)となることは当事者間に争いがない。なお、被告は、逸失利益の算定にあたつては諸税金を控除すべきであると主張するが、加害者としては、被害者が現実に納税義務を負わされるか否かという税務当局との間の関係とは無関係に、その前段階において被害者が取得すべかりし利益相当額を賠償すべきものと解するのが相当であるから、右の被告の主張は失当である。

原告花谷けい子が花谷の妻、原告花谷卓志及び花谷昌子が花谷の子であることは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば原告ら以外には花谷の相続人はいないと認められるから、原告らは法定相続分に従い右損害賠償債権をその三分の一である一一二四万六一三〇円(円未満切捨)ずつ相続したことになる。

2  慰謝料

花谷が本件事故により多大の精神的苦痛を受けたであろうことは容易に推認されるところであり、本件事故の経過、同人の年令、家族構成その他本件に顕れた諸事情を考慮すると、右苦痛を慰謝するに足りる額は少なくとも原告らの主張する六〇〇万円が相当というべきである。

原告らは、右損害賠償債権をその三分の一である二〇〇万円ずつ相続したことになる。

3  損害の填補

原告花谷けい子が昭和四〇年四月二四日被告から遺族補償金二〇二万四〇〇〇円の交付を受けたことは当事者間に争いがなく、これを同原告の損害額から控除すべきことは同原告も自認するところである。

被告が原告らに対し抗弁2の(二)ないし(四)の各金員を交付したことは当事者間に争いがないところ、被告はこれらも本件の損害額から控除すべきであると主張する。しかし、葬祭補償金は、原告らが本訴においては葬祭費用の損害を請求していないのであるから、これを控除するのは妥当でないし、退職金についても、これは花谷の死亡前の勤務期間にかかる俸給の後払いの性格を有するものであるから、本件の損害から控除すべきではない。特別弔慰金一〇〇万円についても損害の填補に当るとみるのは困難であるが、先の慰謝料額の認定に際して一資料とした。

4  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起、追行を本件の原告ら訴訟代理人弁護士に委任したことは、<証拠略>及び本件記録によつて十分認められる。

ところで、原告らの弁護士費用の損害金に関する主張は、これを原告ら固有の損害として主張している趣旨と解し得る余地もないではないが、もしそうであるとすれば、被告の花谷に対する安全配慮義務の不履行を理由とする請求にあつて、右債権債務関係の当事者でない原告らが被告に対して固有の損害賠償請求権を取得する理はないから、右の主張は失当である。しかし、人身事故による損害は、実質上当該事故によつて生じた被害者の受傷又は死亡それ自体をいうに等しいと考えられ、このことは、当該の損害賠償請求権を不法行為として構成するか又は債務不履行として構成するかによつて異るものではなく、右のように解する限り、既に認定した被害者の逸失利益及び慰謝料はもとより弁護士費用も右の損害の一部とみることができ、被害者の相続人は右損害を相続したものとして請求することができると解してよい。原告らの弁護士費用の損害金についての主張も、右のような相続の趣旨とも解される。

事件の難易、請求認容額その他諸般の事情を考慮すると、二〇〇万円が花谷の死亡により生じた弁護士費用の損害と認めるのが相当である。

原告らは右損害賠償債権をその三分の一である六六万六六六六円(円未満切捨)ずつ相続したことになる。

5  遅延損害金

債務不履行に基づく損害賠償債務については、一般には、期限の定めのない債務として、債権者から履行の請求があつたときから遅滞に陥る(民法四一二条三項)と解されている。しかし、本件のような人身事故による損害の賠償については、不法行為を理由とする場合(この場合は、事故発生の日から遅滞に陥る。)との均衡からいつても(一般に、不法行為責任よりも債務不履行責任の方が重いものと観念されている。)、また、損害の重大性にかんがみこれの填補を十全ならしめる見地からしても、事故発生の日から付遅滞の効果が生ずるものと解するのを相当とする(本件のような場合、被告としても、事故の発生すなわち人身損害の発生を直ちに知り得る立場にあるから、右のように解しても、一般の債務不履行の場合における不都合はない。)。

四  よつて、原告らの本訴請求のうち、原告花谷けい子については一一八八万八七九六円、原告花谷卓志及び同花谷昌子についてはそれぞれ一三九一万二七九六円とこれらに対する本件死亡事故発生の日である昭和四〇年四月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言及び同免脱宣言につき同法一九六条一項、三項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上谷清 大城光代 貝阿彌誠)

別紙 <略>

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